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N girl 〜女子の生き方・働き方〜

人生を豊かに、華やかに。

いじめ・鬱・病気を超えた私が水商売をする(前編)

生き方 プロフィール

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こんにちは、natsumiです。
今日は、今に至るまで「どういった人生を生きてきたのか」について語っていこうかと思います。


正直、そんな語れるほど生きてもないので、
いつも聞かれると何を答えようか迷います。
後付けになる気もしますが読んでいただけると光栄です^^



目次

いじめ・鬱・病気を超えた私が水商売をする (前編)
1、いじめと鬱の日々
2、モヤモヤと病院の日々
3、全てを捨て、ホームレス状態に
4、キャバクラ、ラウンジ、クラブで働く
5、ニート、金なし、クズ生活が始まる

ホームレス・別れを超えた私が自営業をする(後編)
6、人生のやり直しが始まる
7、自立と別れ
8、大切な人より、変わることを選んだ人生
9、人生はやり直せる・人生は変えられる

いじめと鬱の日々

まず、出張しまくっているのでよく聞かれるのは「どこに住んでいるんですか?どこ出身ですか?」です。
私の生まれは田舎の和歌山です。
小学生の頃は、隣に住むいとことばかり遊んでいたせいか、友達は多い方ではなかった。
今思うと、遊び方が人と違ったかもしれない。
自分たちで紙を切ったり折ったりしてお金や商品を制作し、売買する、ままごとではないお商売ごっこをしたり、
その辺に生えてある草やタンポポつくしをちぎって紙に貼り付け、「春が来た」などと意味不明なメッセージを添え、
近所のポストに入れまくる謎の遊びが一例で。。
ちょっと変わっていたのもあって、いじめられたりもしていた。
もう忘れたけど、それなりに悩んでいた思い出もある。


中学時代はバレーボールに3年間かけていたので恋愛も青春もなかった。
あの頃は、ハードな練習の日々だったため身長が158センチなのに38キロしかなかった。
髪も男の子みたいに短かったので、よく男子に間違えられた。
そしてビビるようないじめは2年間続いた。
非通知が鳴り止まないとか、お金を盗られるとか、孤独を味わって本当に死にたいと思った時は
中学時代が一番あった。
もうほぼほぼ覚えていないけど、よく学校で過呼吸になって運ばれたりリストカットもしていた。
病む」ことを覚えて鬱状態は長かった。
ストレスで耳が聞こえにくくなり、立てなくった時もあったけど3年目だけは友達に恵まれた。



高校に入り、なんとなく高校デビュー的なものに憧れて髪を伸ばしたりピアスを開けたり
バイトをしたり彼氏ができたり
結構楽しんでいた。
でも、やっぱり人間関係は難しかった。
気にしいが治らなかったり、病むことが多かった。
友達はいるのに常に孤独を感じていた。すぐに悩む性格は簡単には直すことはできなかった。
今では、心が許せる友達は数人いる。数人だが、ものすごく大切に感じる。

モヤモヤと病院の日々

私は大学に行くことを決め、大学に入ってからすぐ、また大学デビューを試みた。
髪を染めたり、一人暮らしを始めたり、オールしたり、お泊まりしたり、自由を堪能した。
しかし、初めてのことが多すぎてストレスを感じやすく月に1度、風邪か病気になり病院三昧だった。
本当に月に1度点滴に通い、感染病(ノロやインフル)にかかることも多く
体がだいぶ弱かった。
わたしは大学で何気なくみんなでワイワイしているのも楽しかったが、未来がものすごく不安になっていた。
外国語の大学に通っていたが、外国語がさっぱりできないレベルの低いクラスにずっといた。
周りが上達していくのに自分は置いてけぼりになっているのが怖かった、
何かに追われているような気がしてならなかった。
そして謎に、思い立った。
わたしは他に何かできることがあるんじゃないかと。
自信満々で色んなことに挑戦することを決めた。
15万円のセミナーを受けたり、色んなバイトをしてみたり、本を読みあさったり。

しかし、ハプニングが起こる。

全てを捨て、ホームレス状態に

19歳の2月頃、お金を使い切ってしまい、家賃を滞納し、家を出ることに。
唯一あったのは、彼氏の存在だけ。
そのタイミングと同時に変わる時だ!!っと決意し、
その時住んでいたマンションを解約し、スーツケース1つになった。
アホすぎて、今置かれている状況を把握できていなかった。
そして、大学も辞めると決意。
オカンに伝えると、すこぶる怒られた。
でも、私は決めたら変えれない頑固野郎で、私は「私の人生を生きる」的な感じで悟っていた。
今思えば、何の自信だよ、どこからその考えでてくるんだって感じだが
結局、休学しとけと言われ休学を渋々受け入れた。

しかし、この休学が人生を変えるきっかけになる。

キャバクラ、ラウンジ、クラブで働く


19歳の4月から家なし金なしのホームレス状態が始まる。

実は3月くらいから夜の水商売を始めていた。
場所は京都の祇園である。
なんとなく、興味本位でお金もなかったので面接に行った。
その場で面接が通り、その日から働くことに。

初めてのキャバ嬢....。

髪をモリモリにし、キラキラのドレスを着て、別人になった自分がいた。
色んなお店を知りたくて、色んなところで働いた。
あるお店に気に入られ、専属で働くことに。
しかし、そこはクラブだったのでかなり厳しかった。
言葉や動作について毎日怒られ、お酒も飲めないのにガンガン飲まされ、鬱になった。
(お酒飲めないから全然使えなかった)

夜の仕事がこんなにもしんどいものなのか、と痛感した。
周りの女の子は、毎日泣いている。私も辛くて泣きたかったけど必死でこらえていた。

そして、ついに体を壊して働けなくなった。
お酒の消化不良で、胆のうに、石ができて胆石になった。
病院通いでもう夜の仕事さえできなくなり、お金を稼ぐ手段が消えた。

人生終わったと思った。

ニート、金なし、クズ生活が始まる


家族に合わす顔がない。

大学もやめる気だったし、仕事も辞め、お金もない、
結果、クソプー太郎になって、実家の和歌山に帰ることになった。
最低最悪の事態だ。


悔しかった。
何もできない、何もない自分に。

周りから、「落ちたな、終わったな」と言われ、
人と会うことさえ怖くなった。
惨めで、辛くて、恥ずかしくて、毎日泣いた。
大学は指定校推薦で行ったため、高校からも連絡があり、
「辞めると次の生徒がお前の通う大学に行けなくなるからやめてくれ」と言われ
全てを投げ出したくなった。
そんなの知らねーよって言いたかった。なんて無責任だ、私。

私は何の特技もない、薄っぺらい人間で、誰からも必要とされていない。
何なら人に迷惑をかけまくって、超めんどくさい人間だ。
自信満々のくせに何もない、セールスマンなのに売ってるものが無い、みたいな状態。
自分が自分の期待に応えられないと、こうも落ちていくんだな。って思った。


4月に入り、15万円の分割で支払う予定になっていたセミナーの料金の請求がきた。
もう、お金はなかった、逃げるしかなかった。
逃げるは恥だが・・的なドラマのように全てを放り投げて、福岡に行くことにした。
知り合いのつてで、不動産や司法書士の元で「仕事」というものを学ばせてもらった。


私はその頃、人としては最悪だったがだけは一応持っていた。
こんなことしてみたい、あれになってみたいとか希望だけは捨てていなかった。
しかし、仕事を学ぶ上で色々知りすぎた。

そして、希望さえ持てなくなった。
自分の存在意義がわからなくなり、消えてしまいたいと思った。
どうせ、消えても誰も悲しまない。
時間が経てば、あ〜そういやあんな子いたよね。くらいの存在だ。


その頃の唯一の救いはやはり彼氏だった。
私のクソ野郎な考え方も、行動も全て受け入れてくれて、好きなことを好きなだけさせてくれた。
今でも、感謝しきれない。

ホームレス・別れを超えた私が自営業をする(後編)に続く
wagamamajoshi.hatenablog.com